「疾病利得について」 <R4.6>
「心の病気はストレスが限界にきた時に起こる赤信号」というお話を以前しました。うつ病もパニック障害などの病気で皆さんは苦しみ、悩んでおられます。これも限界に来た時につく赤信号です。
しかし、実は心の病になることによって、少し得をしていることもあるのにお気づきでしょうか? 「そんな馬鹿な!こんなに苦しんでいるのに」というお叱りの声が跳ね返ってきそうですね。ストレスが限界にきたとき、うつや不安による身体のいろいろな症状が出ます。そのために仕事や家事ができなくなり休むことになります。これは苦しいことですが、結果として、ストレスのあった職場や家庭から離れることができて、ほんの少し楽になることができるのです。
私が子供のころは終戦後で、バナナという果物は高価なもので普段は食べさせてもらえるものではありませんでした。しかし、病気で寝込んだ時には、バナナを食べさせてもらえるという幸せを偶然体験できたのです。バナナが食べたいので「病気がすぐに治らない方がいいのに」と私は思いました。このように、病気をしたために周囲の人が心配し、やさしくしてくれると、病気をしていることによって偶然の幸せを体験できるのです。この種の幸せは高齢者のうつ病、幼児の病気にはよく見られます。このように偶然得た「役得」には当の本人は気づいていないのが普通です(無意識)。これを「疾病利得」と言います。
疾病利得は悪いことではありません。ストレスから離れて休養することは必要なことです。偶然得た疾病利得も当然あってしかるべきです。しかし、疾病利得が治療上問題になることもあります。数少ない患者さんの中には、多くの疾病利得を手に入れてしまっている人がおられます。病気をしたことで、周囲の人が心配し、凄く気を使ってくれる。周囲の人は腫れ物を扱うように接するようになります。結果として、病者は思いどうりに周囲の人を動かすことができているので、病気は容易には治らなくなります。この状態では、何かあると病者は水戸黄門の印籠のように「きついから出来ない」、更には「私は病気よ」と病気を道具にしていることが見え隠れします。周囲の人は病者に振り回され、疲れ果て、病者への同情は苛立ちに変わっていきます。このような疾病利得を多く獲得し、それに安住している病者は、病気で居ることがやめられなくなります。勿論、病気になっている本人は「長く治らない」と認識し悩んでいて、病気で得をしているとは自覚していません(無意識)。疾病利得の多い病者の治療は、この疾病利得を自覚していただく作業なので、治療に長い時間が必要で、面接治療者も大変苦労するところです。
まじめな性格の人でうつ病になる人には、「病気に逃げている」と自己批判するタイプの人がおられます。今回のお話で、そのような性格の人には「やっぱりそうなんだ」と罪悪感を強められそうで心配です。疲れたり、体調が悪い人に、逃げるなと言っているのではないのです。短期間逃げることは治療上必要なことでもあることを明記しておきます。