昭和55年のアメリカよもやま話(その5)

昭和55年のアメリカよもやま話(その5);
今回はよもやま話ではなく、真面目な話です。大事な話を思い出しました。アメリカの高齢者福祉の一面を実感したことがありました。その内容を昭和56年にある本に投稿しているのを思いだし、別冊を見つけました。日本ではまだ介護保険制度が出来ていない時期で、高齢者の医療費が無料になり、病院が老人化して行った時代でした。今回はこの投稿内容をここに書きます。
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「 LAで体験した1つの高齢者福祉」について:
 昨年、私はLAに半年ばかり滞在しました。そこで、カリフォルニア大学のスタッフの研究に協力することになり、偶然、LAに住む多くの日系高齢者と会って、話をする機会がありました。アメリカ政府が高齢者福祉の一つとして実施しているSenior Citizen Nutorition Service Program(高齢者市民栄養サービス・プログラムとでも訳しますか)というものを知りました。
 きょうは、このことをご紹介して、何かの参考にしていただけたらと思います。
 このサービスは各地区にあります。65歳以上だったか、70歳以上だったかは忘れましたが、高齢者が自由に参加し、昼食を無料でいただけるというプログラムです。私は研究の目的がありましたので、日系人が多く集まっている三ヶ所だけを訪れました。
 その一つは、西南地区の昼食会でした。日系人だけのグループでは、Nutrition Service Program のことを高齢者昼食会と呼んでいました。
 西南地区の昼食会は、ウエスト・ジェファーソン大通りに面した庭師組合の集会場を使って、月曜~金曜の毎日、昼食のサービスが行われていました。ここは日系人だけの集まりでしたから、昼食の献立も日本食で、ごはんや煮物がいつも準備されていました。
 高齢者たちは11時頃から集まり始め、元気のよい人は配膳の手伝いなどをします。準備ができると、「老人体操」と称する軽い体操をして、それから食事ということになります。その昼食の間に、会長さんが最近の日本のニュースを話してきかせたり、ディレクターのヘレン岡本さんが、LAのバスの運賃が上がったとか、バスではおつりをもらえなくなったから、バスには小銭を持って乗るようにとか、防犯のためにカギをつけたい人は申し込むようにとか、生活に密着した情報を伝えたりしていました。
 食事がすむと、午後3時頃までクラブ活動があります。歌のクラブ、生花、習字、英会話、民謡、ソーシャル・ダンスなどを、高齢者たちは楽しんでいました。それぞれのクラブには、専門の先生(ボランティア)がやってきて指導をします。
 ここは、日系人だけのグループですから、コトバは日本語と英語がまじりあった珍妙な会話でしたが、私にとっては好都合でした。
 健康管理の面では、時々医師が来て、簡単な健康診断があるということでした。
 西南地区の昼食会の専属スタッフは5名で、この人は市から給料をもらっています。あとは、元気のある高齢者のボランティアで運営されています。
 ここでは、週に一回、青果市場から野菜や果物を買い込んできて、高齢者たちに安く販売することもしていて、私も少しだけ便乗させていただいたりしました。このほか、日系人だけの集まりですから、日本への団体観光ツアーを年一回行なったり、ラスベガスへの一泊旅行とか、ショウ見物とか、日本映画鑑賞とか、いろんな臨時の行事があるようでした。私も、ショウ見物にはもぐりこませてもらって、殿様キングスのショウを見てきました。
 もう一つの大きなグループは、リトル・ トーキョウ(日本人町)にある高層マンション「リトル・トーキョウ・タワー」の一階集会室での昼食会です。
 ここも常時100人以上が出席しており、昼食には焼き魚などの日本食が出ていました。中国系アメリカ人も数人参加しているようでしたが、コトバは英語と日本語でした。
 専属職員はディレクターのエミ山木さんとスタッフ3人で、あとは西南地区の昼食会と同様に、ボランティアによって運営されていました。
 私が訪問したもう一ヶ所は、ウエスト・ロサンゼルスにある昼食会で、70~80人の参加者のうち、日系人は20人ぐらいで、あとはほとんどが白人でした。日系人のうちで英語がよく出来る数人を除くと、残りの人達は白人とは交わらないで、日系人だけのグループを作っていました。この昼食会のディレクターは、フミコ津田さんという日系二世の人で、日系人の世話をよくしておられました。
 また、ここでは足の悪い人のために、小型バスでの送迎サービスがされていました。

この昼食会の特色について;
 以上、三つの昼食会の概況にふれてきましたが、ふりかえってみますと、いろいろ考えさせられることが多かったように思います。
 まず第一に、この昼食会は、土曜と日曜、それに祭日を除いて、毎日実施されているということです。子供と同居することをしないアメリカ社会で暮らしている高齢者、特に配偶者を失った高齢者の大切な社交の場となっていることが重要な点です。
 毎日、昼食会に集まって、昼食を摂りながらおしゃべりをし、クラブ活動までやって帰るということは、高齢者たちにとっては、結構楽しい命の洗濯となり、生きることのハリとなるでしょう。こうすることによって、社会性を失うこともなく、そのことが精神的な病気(うつ病や不安障害など)の発生をかなり少なくすることが出来るだろうというのが、Nutrition Service Program の隠れた目標ということでした。
 実際、昼食会に参加している人達に面接をしてみますと、かなり認知症の人もいましたが、入院しなくてもなんとかやれているようでした。高い医療費を払って入院治療させるよりも、こうした高齢者たちの集会の場をつくることで、病気の発生を減らすことが出来るとすれば、高齢者福祉財政という面からも安くあがるというのが、アメリカ政府の考え方だそうです。これは、老人会会長の馬場朝市さんの話でした。
 週~月に一回、高齢者たちを集めるという日本の老人会とは違い、毎日、昼食を共にするというこのやり方に、私は感心させられました。
 第二点は、文字どおり、高齢者にバランスのとれた栄養食を提供しているという点です。ひとり暮らし、特に男性のひとり暮らしの高齢者にとっては、栄養の偏りが起こりがちです。一日一回の昼食でも、ちゃんとバランスのとれた食事が摂れるというのは、高齢者の健康には大切なことです。
 第三点は、昼食会を通して、生活関連情報をわかりやすく伝え、高齢者たちを助けようとしている点です。困ったことがあれば、なんでも相談すれば手助けしてくれるようになっていました。
 第四点は、元気な高齢者は単に昼食を食べるだけではなく、昼食会の準備の手伝いをしたり、クラブ活動の手伝いをするなど、ボランティアとして、この会の運営面で、一つの役割をもって働いているという点です。
 アメリカ社会では、高齢者のボランティアとして働くことは、ごく日常的なことです。大学病院でも高齢者のボランティアが沢山働いていました。高齢者がボランティアとして働くのは当然のことであり、周囲もそれを当然のこととして受け入れるようになっている点が、日本の社会とはまるで違っているようです。高齢者が、いつまでも社会に対する役割を失わず、社会のために働いているという自負心を持ち続けることが、どれだけ大切なことであるか。いま、毎日、高齢患者を診ながら、日本の高齢者福祉の大きな盲点はここにあるのではなかろうか、と私は思っています。
 第五点は、昼食会に医師がやってきて、簡単な健康診断をして、少しでも軽いうちに病気を見つけようとしている点です。健康診断は、当然のことながら無料です。
 思いつくままに、私はSenior Citizen Nutrition Service Program について感想を述べて来ました。
・・・・・・・・・・・・・・・・<以上>・・・・・・・・・・・・・・・
 介護が必要になり、介護保険を利用するという日本の介護保険制度よりも、介護が必要とならないために、アメリカが行っている高齢者への栄養サービスの方が、有益なプログラムだと、今でも私は思うのです。